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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)13095号 判決

原告

松崎文郎

右訴訟代理人

櫻井英司

被告

右代表者法務大臣

坂田道太

右指定代理人

榎本恒男

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金五一一五万〇九五七円及び内金三〇〇〇万円に対する昭和五五年一月二二日から、内金二一一五万〇九五七円に対する同年三月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、訴外株式会社橘エージェンシー(以下エージェンシーという。)に対し、昭和五三年一月一九日、二九六九万七九〇三円を弁済期の定めなく、同年二月二三日、八〇〇〇万円を弁済期間八月二〇日との定めで、それぞれ貸渡し、その後、右一月の貸金債権については、債務名義を得たうえ、東京地方裁判所昭和五五年(リ)第三三号仮差押解放金に対する強制執行の配当事件において、右元金全額に対する同年四月一七日から昭和五五年二月二九日までの損害金及び元金内八五四万六九四六円につき配当を受け、右二月の貸金債権については、元金内金五〇〇〇万円につき弁済を受けた。

従つて、原告は、エージェンシーに対し、合計五一一五万〇九五七円の貸金債権を有している。

2  エージェンシーは、昭和五三年一月二五日、千葉地方裁判所昭和五〇年(ケ)第一三六号不動産任意競売事件において、千葉県船橋市北本町一丁目一〇一二番一所在宅地2043.94平方メートル(以下「本件土地」という。)を競落し、同裁判所から千葉地方法務局船橋支局(以下「船橋支局」という。)に対する登記嘱託によつて、同支局昭和五四年二月二一日受付第七八六三号をもつてエージェンシーのために右競落を原因とする所有権移転登記が経由された。

3  エージェンシーは、訴外株式会社栄木不動産(以下「栄木不動産」という。)に対し、昭和五四年一月二五日、代物弁済によつて本件土地の所有権を譲渡し、船橋支局同年二月二一日受付第七八六四号をもつて栄木不動産のために所有権移転登記が経由された。

4  原告は、千葉地方裁判所に対し、エージェンシーに対する前記貸金債権(ただし、昭和五三年一月の貸金債権分については元金三〇〇〇万円として)を被保全権利として本件土地を目的物とする仮差押命令を申請し、同裁判所は、同五四年二月二一日、右仮差押命令を発した。

同裁判所からの船橋支局に対する右仮差押命令の登記嘱託は、同月二二日、第八二八四号をもつて受付けられたが、前記栄木不動産への所有権移転登記が経由されていたため、嘱託書記載の登記義務者の表示が登記簿と符合しないことを理由として右嘱託が却下された。

5  しかしながら、船橋支局登記官が、前記栄木不動産のための所有権移転登記申請を受理したことは次の理由により違法であり、右登記がなされていることを理由に、前記仮差押命令の登記嘱託を却下した処分もまた違法である。

(一) 権利に関する登記申請には、登記義務者の真正な登記意思を確認するため、登記義務者の登記済証の添付を要するものとされているから、昭和五四年二月二一日になされた栄木不動産のための所有権移転登記申請にも当然登記義務者たるエージェンシーの登記済証の添付が必要である。

(二) 登記所は、裁判所から登記の嘱託がなされた場合、これを受理して所定の登記手続を完了し、嘱託書に登記済の旨を記載した後、右登記済証である嘱託書を裁判所に還付し、裁判所は同嘱託書を登記権利者に交付することになつているところ、千葉地方裁判所が船橋支局に対し前記エージェンシーのための所有権移転登記を嘱託し、右登記手続完了に伴い、同裁判所がエージェンシーに対し右登記済証たる嘱託書を交付したのは同月二二日以降である。

(三) 従つて、同月二一日、エージェンシーから栄木不動産のためになされた前記所有権移転登記申請には、エージェンシーの登記済証の添付がなかつた。

(四) 同一の不動産について数件の登記申請書が連続して同時に提出された場合、受付番号が先順位の事件(以下「第一事件」という。)の登記完了をまたずに受付番号が後順位の事件(以下「第二事件」という。)の事件処理を進める取扱いが許される場合があり、この場合、第二事件の申請に登記済証の添付を省略することが許されるとしても、右は、第一事件の登記権利者であつて第二事件の登記義務者である申請人が、第一事件で作成される新登記済証の交付を受けると同時にこれを第二事件の添付書類として提出する意思を有することが確実であり、かつ、登記申請意思の撤回、登記済証の紛失、盗難、他人による流用等の事故発生の余地が存しない場合に限られる。そして、右の事故発生の余地が存しない場合とは、登記所において新登記済証の交付を受けた者が即時同所においてこれを提出するため、事故の生ずる時間的、場所的余裕が皆無である場合をいう。

ところで、本件のように第一事件が裁判所の登記嘱託の場合には、登記権利者(本件ではエージェンシー)は、新登記済証を登記所から裁判所を経て交付されるのであつて、直接登記所から交付を受けるものではないから、右登記権利者が第二事件の登記義務者として新登記済証をその添付書類として登記所に提出する行為は後日、改めてなされることになる。そうすると、第一事件の登記権利者が裁判所から登記済証の交付を受けた後にこれを第二事件の添付書類として登記所に提出するまでの間に第二事件の登記申請意思を飜し、あるいは、右登記済証を紛失するなどという事態も生じうる。従つて、第一事件が裁判所の登記嘱託の場合は、第一事件の登記完了をまたずに第二事件の事件処理を進める取扱いが許され、第二事件の申請に登記済証の添付を省略することが許される場合にはあたらない。本件もまた同様である。

(五) 栄木不動産のための所有権移転登記申請書には、不動産登記法施行細則四四条の九第二項所定の他の事件の登記済証を援用する旨の附記がないから、エージェンシーのための所有権移転登記嘱託の登記完了をまたずに右登記申請の事件処理を進めることはできない。

(六) 船橋支局登記官は、同月二一日になされた栄木不動産のための所有権移転登記申請を却下するか、あるいは、保証書を添付させて事前通知の手続を経たうえで右登記申請を受理すべきであつたのであるから、右のような処理をすることなく登記済証の添付のない登記申請を却下せずに、栄木不動産のための所有権移転登記をなしたことは違法である。

更に、船橋支局登記官は、右移転登記が経由されていたことを理由に船橋支局同月二二日受付第八二八四号仮差押命令の登記嘱託を却下したが、右移転登記について却下等の処理をしていれば、右仮差押命令の登記嘱託を却下する理由は全くなかつたのであるから、これを却下した処分もまた違法である。

6(一)  エージェンシーは、昭和五四年三月三〇日手形の不渡り事故を起こして営業を閉鎖し、本店のあつた第二八森ビルを退去して、社員は全員退社して事実上解散状態にあり、なんらの資産もない。

(二)  本件土地の価額は六〇〇〇万円以上であるので、原告が本件土地を仮差押していれば1項の貸金債権を回収することができた。

(三)  前記仮差押の登記嘱託が却下されたため本件土地の仮差押ができず、その結果、原告は前記貸金債権の回収が不可能となり、貸金額五一一五万〇九五七円と同額の損害を被つた。

7  よつて、原告は、被告に対し、船橋支局登記官の不法行為による国家賠償請求権に基づき、右損害額金五一一五万〇九五七円及び内金三〇〇〇万円に対する不法行為後である訴状送達の日の翌日の昭和五五年一月二二日から、内金二一一五万〇九五七円に対する同年二月二九日までの分はすでに配当手続において貸金に対する損害金として受領しているので翌三月一日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は不知。

2  同2の事実のうち、エージェンシーが本件土地を競落した日を除きすべて認める。エージェンシーが本件土地を競落した日は昭和五三年一月三〇日である。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は認める。

5  同5の事実のうち、(一)は認める。(二)のうち、裁判所から登記嘱託がなされた場合の一般的な嘱託書の取扱いについては認め、千葉地方裁判所からエージェンシーに登記済証たる嘱託書が交付されたのが昭和五四年二月二二日以降であることは不知。(三)は否認ないし争う。(四)のうち、同一不動産について数件の登記申請書が連続して同時に提出された場合、第一事件の登記完了をまたずに第二事件の事件処理を進める取扱いが許される場合のあることは認め、その余は否認ないし争う。(五)のうち、栄木不動産のための所有権移転登記申請書に、不動産登記法施行細則四四条の九第二項所定の附記がないことは認め、その余は争う。

(六)は否認ないし争う。

6  同6の事実は不知。

三  被告の主張

1  同一の不動産(又は申請人)に係るもので、かつ、それぞれの登記の目的、内容及び順序(受付番号)等について相互に矛盾、抵触しない数件の登記申請が同一の登記所に連続の事件として同時に提出された場合、第一事件の登記完了を前提条件として、第二事件の調査、登記簿への記入、校合、登記済証の作成等事件処理作業を順次行う取扱いがなされている(これを連件処理と呼んでいる。)。

右連件処理は、不動産登記法上明文の規定はないが、同法の当然予定している事務処理制度ということができる。

2  連件処理がなされる場合、第二事件については、第一事件の処理が未了のため登記義務者の登記済証が形式的、物理的には添付されていないことになるが、単件の場合と異なり、次の理由から、実質的には添付されたものと同視することができる。

(一) 連件の申請の場合、第一事件の登記権利者であるとともに第二事件の登記義務者である登記申請人は、第一事件の登記完了により登記所から還付を受けるはずの登記済証の還付手続を省略し、直ちに第二事件の登記義務者の権利に関する登記済証として利用することを求めているのであり、連件処理は、申請人の右申請意思に合致する。

(二) 申請人がその自由意思で連件として数件の登記の申請をした場合に、形式的に登記済証の添付がないとの理由で第一事件の登記の完了をまたずに直ちに第二事件を却下することは、不動産登記法四九条但書の補正の機会を与え申請に係る権利の順位を確保する旨の趣旨にも反することになる。

(三) 連件の申請の場合は、第一事件の登記完了と同時に必ずその登記の完了証明書たる登記済証が作成され、これが申請人の意思により第二事件の登記義務者の権利に関する登記済証として追完されることが確実であるから、そのことを前提としたうえ第二事件を連件として処理することは、その実質において、不動産登記法が登記済証を提出させることによつて可及的に真実の登記義務者による登記申請を担保しようとする法意にもとらない。

(四) 真正な登記義務者の真意に基づく登記申請を担保する手段は、登記済証のみによるものではなく、印鑑証明書も同様の機能を果しているのであつて、連件の申請の場合、第二事件には登記義務者の印鑑証明書が添付されているのであるから、真正な登記義務者による登記申請意思及び連件処理を求める意思は明白である。

(五) 第一事件の登記完了後その登記済証を登記権利者に交付し、改めて第二事件についてその登記義務者から現実に登記済証を必ず追加添付させねばならないとすることは形式論に過ぎる。

3  嘱託登記事件の登記済証は、登記所から嘱託官公署に還付するものとされ、嘱託官公署は還付された登記済証を登記権利者に交付するという取扱いがとられるが、これは、嘱託登記事件では申請事件のように嘱託書に登記権利者の押印がないため、登記所としては登記済証の受領書が登記権利者本人であることを確認する方法がなく、誰が権利者かは嘱託官公署が了知しているから嘱託官公署から交付してもらうというもので、無権利者への交付を防止する目的のものである。

しかし、裁判所の嘱託登記事件の登記権利者がこれに連続して自己を登記義務者とする登記を申請し、第一事件(嘱託登記事件)の完了によつて嘱託裁判所から交付を受けるべき登記済証の交付手続を省略し、直ちに第二事件(申請事件)の登記義務者の権利に関する登記済証として使用することを望んでおり、他の共同申請人もこれに同意していると解される場合においては、連件処理をすることによつて、登記済証が無権利者の手に渡る余地は全くなくなり、嘱託裁判所を介して登記済証を交付する場合に比し、同等あるいはそれ以上の的確性をもつて無権利者への交付防止という法の目的を達することができるのであるから、この場含も連件処理をすることができる。右場合においても、必ず嘱託裁判所に登記済証を還付し、嘱託裁判所から登記権利者に交付しなければならないとすることはあまりにも形式論である。

4  本件において、エージェンシーのための所有権移転登記嘱託事件と栄木不動産のための所有権移転登記申請事件は、司法書士佐瀬昭二郎が、右嘱託事件については裁判所の使者として、右申請事件については登記義務者であるエージェンシーの代理人として、連続の事件として同時に提出したものであり、かつ、嘱託事件の登記権利者エージェンシーが申請事件の登記義務者であることが嘱託書及び申請書の各記載によつて明らかであるから、これを連件として処理し、申請事件に登記済証の添付があるものとして登記を完了した行為になんら違法はない。

従つて、既に栄木不動産のための所有権移転登記が経由されていることを理由に船橋支局昭和五四年二月二二日受付第八二八四号仮差押命令の登記嘱託を却下した処分にもなんら違法はない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一〈証拠〉によると、原告が、エージェンシーに対し、昭和五三年一月中に合計二九六九万七九〇三円を弁済期の定めなく貸渡し、その後請求原因1記載の配当手続において右元金全額に対する同年四月一七日から同五五年二月二九日までの損害金及び元金内金八五四万六九四六円につき配当を受けたこと、また、原告はエージェンシーに対し、同五三年二月二三日、八〇〇〇万円を弁済期同年八月二〇日との定めで貸渡し、その後、元金内金五〇〇〇万円につき弁済を受けたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実よれば、原告が、エージェンシーに対し、五一一五万〇九五七円の貸金債権を有していることが認められる。

二請求原因2の事実は、エージェンシーが本件土地を競落した日を除き、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、右競落の日は、昭和五三年一月三〇日であると認められる。

三請求原因3及び4の各事実は、当事者間に争いがない。

四原告は、栄木不動産のための所有権移転登記申請にはエージェンシーの登記済証の添付が必要であるので、船橋支局登記官が、右登記済証の添付のないまま登記申請を受理して栄木不動産のための所有権移転登記を経由したことは違法な処分である旨主張するので、右処分の違法性の有無について検討する。

1  〈証拠〉によれば、登記実務において、同一の不動産に関し、登記の目的、内容及び順序が相互に矛盾抵触しない数個の登記申請が同一の登記所に連続の事件として同時に提出された場合には、連件処理という取扱いが大正二年ころから行われていること、連件処理は、例えば、甲が乙から資金を借りて建物を建築した場合、甲の建物に関する所有権保存登記申請と乙の甲に対する貸金債権を担保するための抵当権設定登記申請とが連続の事件として同時に登記所に提出されたときなどに行われる取扱いであること、一個の登記申請に関する、いわゆる単件処理として右連件処理との違いは、後者の場合には、例えば、先の設例では、乙のための抵当権設定登記申請書に、登記義務者である甲の建物に関する登記済証(不動産登記法三五条一項三号)を添付する必要がないから、甲は、所有権保存登記申請のために登記所に出頭した後、改めて、乙のための抵当権設定登記申請のために右登記済証を持参して登記所に出頭する手間が省けること、従つて、連件処理は、申請人側にとつても負担の軽減になるし、また、登記所側にとつても、数個の申請を一度に一括して処理することができるから、事務処理上極めて能率的であり、かつ物件を間違うなどの手続上の過誤も防止することができるため、関係当事者間の取引の内容が正確かつ迅速に登記に反映され、取引の安全が確保されるというメリットがあること、かかる事情から、例えば、東京法務局管内の登記所において処理している登記申請事件のうち、単件申請事件と連件申請事件との比は、おおむね二対八位にも及んでおり、連件申請事件についての連件処理は登記実務上定着していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  不動産登記法上、登記は当事者の申請又は官公署の嘱託によつて開始される(同法二五条)が、原告もまた、関係当事者の申請によつて登記が開始される場合には連件処理も差支えないものとしている。そこで、先ず、関係当事者の申請によつて登記が開始される場合に、同法上、連件処理が許容されているか否かについて検討する。

不動産登記法上連件処理に関する明文の規定はないが、当事者が登記所に登記申請書を提出した場合、これに受付番号等が記載され(同法四七条一項)、登記官は右受付番号の順序に従つて右申請について審査し、登記手続を行うものとされている(同法四八条)から、当事者が同一の不動産に関して数個の登記申請をするにあたり、各申請書に順序をつけて同時に提出した場合には、登記所はこれに連続した受付番号を記載し、その番号の順序に従つて登記手続を行うことになる。この場合、当事者は、各申請書に必要な書面(例えば、同法三五条参照)を添付する心要があるが、右のように同時に数個の登記申請がなされる場合には、当事者の利便を考慮し、各申請書に添付すべき書類の内容に同一なものがあるときには、一個の申請書にのみこれを添付すれば足りる旨定め(同法施行細則四四条の九)、添付書類の簡略化が図られている。更に、右登記申請書に必要な書面等が添付されていない場合には、右登記申請は瑕疵があるものとして却下されることになる(同法四九条八号)が、この場合でも、即日右瑕疵が補正されるときにはその瑕疵が治癒されるものとされている(同条但し書)。そうすると、仮に、右のような数個の登記申請が同時になされる場合において、第二事件の登記申請書に第一事件の登記済証を添付する必要があつて、右提出時には右登記済証が添付されていないため瑕疵があるとしても、登記所側の事務処理の繁閑によつて、ある場合には、第一事件の登記手続が即日完了して登記済証も還付されたためにこれを即日第二事件の登記申請のために提出し、瑕疵が治癒されることになるのに、ある場合には、第一事件の登記手続が即日完了しないために、登記済証を即日提出することができず第二事件の登記申請が却下されるという当事者にとつて極めて酷な結果が生じうる。

本来登記制度は、不動産についての権利変動を正確かつ迅速に登記簿に記載してこれを公示することにより、取引の安全と円滑を図ることを目的とする制度であるが、当事者が登記所に同時に数個の登記申請をするのは、それらが登記所によつて一度に一括して処理されることによつて当事者の取引の内容を迅速に公示し、その安全を図るためであることは明らかである。しかし、この場合、右申請時に第一事件の登記済証を第二事件の登記申請書に添付させることは当事者に不可能を強いることであり、他方、登記官が、同法四八条に則り、第一事件の登記手続を完了し、第二事件の登記申請について登記手続をする時点においては、同事件の右申請書に添付されるべき第一事件の登記済証は同事件の関係書類として登記官の手元に存在するわけであるから、当事者がこれを第二事件の添付書類として直ちに使用することは同法施行細則四四条の九の規定の趣旨からも、同法上許容されているものと解する余地があり、また、そのように解することによつて、当事者が登記所側の事情によつて同法四九条所定の補正の機会をえ、あるいはこれを失うという不公平も避けうることになる。更に、連件処理が当事者の負担の軽減となり、また、登記所側における登記手続の能率化と正確な処理に役立ち、当事者間の取引の内容が迅速に公示されることによつて取引の安全と円滑が図られていることは前記認定のとおりである。

そうすると、連件処理は、当事者の意思及び登記制度の趣旨、目的にも適つた合理的な取扱いであり、不動産登記法になんら違背しないものといわざるをえない。

3  〈証拠〉によれば、本件土地に係るエージェンシーのための所有権移転登記嘱託事件と栄木不動産のための所有権移転登記申請事件とは、司法書士佐瀬昭二郎が、昭和五四年二月二一日、右嘱託事件については千葉地方裁判所の使者(エージェンシーに対する関係では受任者)として、右申請事件については登記義務者であるエージェンシーの代理人として船橋支局に連続の事件(右嘱託事件が先順位であるので、以下同事件を第一事件、右申請事件を第二事件という。)として同時に提出したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  次に、前記のような嘱託事件の登記権利者が同時にこれに連続して自己を登記義務者とする登記を申請した場合にも、第一、第二事件につき連件処理することが許されるか否かについて検討する。

エージェンシーが栄木不動産に対し、昭和五四年一月二五日代物弁済によつて本件土地の所有権を譲渡したことは前記のとおりであり、右譲渡が有効になされたものであることは原告の自認するところであるから、右登記義務者であるエージェンシーと同権利者である栄木不動産とは本件土地についての右所有権の移転につきこれを迅速に公示する必要のあることは明らかである。そこで、エージェンシーは、司法書士に委任し、第一事件の登記嘱託書の提出についてはわざわざ裁判所の使者となり、第二事件の登記申請書と同時に登記所に提出したことは、前記認定のとおりであり、また、千葉地方裁判所のした第一事件の登記嘱託は、前記のとおり競落によつて本件土地の所有権を取得したエージェンシーのために、その登記の実現に助力する行為である。

そうすると、本件の場合、先順位の事件が裁判所による嘱託事件であるからといつて、これを当事者による申請の場合と区別し、第一、第二事件につき連件処理が許されないと解すべき合理的な理由のないことは明らかである。

なお原告は、本件において、不動産登記法四四条に基づき、第二事件の登記申請書に保証書を添付すべきである旨主張するが、第二事件の登記申請につきこれを審査して、登記手続を行う時点においては、第一事件の登記済証が登記官の手元に存在することは前記のとおりであつて、同条所定の第一事件の登記済証が「滅失シタルトキ」に該当しないことは明らかであるから、原告の右主張は採用することができない。

また、原告は、第二事件の登記申請書には、不動産登記法施行細則四四条の九第二項所定の第一事件の登記済証を援用する旨の附記がないから、第一、第二事件について連件処理をしたのは違法である旨主張するが、右規定において、例えば第二事件の登記申請書において、第一事件の登記申請書に添付された書類を援用する場合には、第二事件の登記申請書にその旨の附記をすべき旨定められている。しかし、これは登記所側の事務処理の便宜を考慮したものと解すべきであり、本件の場合において、第一事件の登記嘱託書と第二事件の登記申請書とが同時に提出されることにより、第一事件の登記は第二事件の登記の前提となつており、第一事件の登記完了に伴い、その登記済証が当然第二事件の添付書類となることが登記官にとつては自明のことであるから、第二事件の登記申請書に第一事件の登記済証を援用するなどの附記がないとしても、これによつて、第一、第二事件について連件処理をしたことが違法となるものではない。

したがつて、原告の右主張は、その余の点については判断するまでもなく、理由がない。

また、原告は、先順位の事件が嘱託事件の場合、これを単件と同様に処理するならば登記済証がいつたん登記官の手元から離れるため、この間、嘱託事件の権利者すなわち第二事件の登記義務者が紛失、盗難等により登記済証を第二事件に提出できなくなる可能性があるから、登記済証が必ず第二事件に添付されるものとして取扱う連件処理は、この場合は、許されない旨主張するが、かかる事故の発生を防止できることがむしろ連件処理の一つの長所ともいえるのであるから、この点は連件処理を違法とする根拠とはなりえない。

5  従つて、船橋支局登記官が、エージェンシーのための所有権移転登記嘱託事件(第一事件)と栄木不動産のための所有権移転登記申請事件(第二事件)につきこれを連件処理し、第二事件について登記済証の添付のないまま登記を経由した行為にはなんらの違法もないというべきである。

五よつて、その余の点については判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(古館清吾 山﨑宏 江口とし子)

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